それほど遠くない昔。
という女がいました。
は、当時の砂隠れの里の中で一二を争うたいそうな美人で、里中の男達からいつも贈り物や求愛の言葉をもらっていました。
でも、同時には砂隠れでチヨに次ぐ女傑でもあったのです。
なのでは男達の言葉に耳を傾けませんでした。
だけどある日、は一人の青年と出会いました。
日に当たるとキラキラと輝くオレンジに近いきれいな赤い髪をして、吸い込まれそうなほどに澄んだ褐色の目をした青年です。
は、一目で青年に恋をしました。
青年も、に恋をして、2人は一緒に暮らすようになりました。
誰から見ても、と青年は仲良しで、それはそれは幸せそうでした。
けれどある日、が行方不明になってしまったのです。
それの後を追うように、青年は里を抜けました。
沢山の人形を残して。
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「何故俺がお前の当直に付き合わねばならんのだ?」
五代目風影、我愛羅は右手に懐中電灯、左手にしっかりとつかまって離そうとしない傀儡部隊第三隊長兼己の実兄であるカンクロウを従えて誰にともなく呟いた。
「・・・一人じゃ怖くて夜眠れないからじゃん・・・」
今にも泣き出しそうな勢いでカンクロウは言った。
「・・・。しっかりしてくれ。
他の隊員に示しがつかんだろうが」
我愛羅は呆れて一瞬言葉を失ったが、気を取り直して兄をしかった。
「だいたい、今までは聞こえなかったんだろう、その女の声とやらは」
そう、もともとカンクロウは一ヶ月周期で廻ってくる当直を怖がっていたりはしなかった。
むしろ、「煩い奴から一週間も離れられて気が楽じゃん」と喜んでいたくらいだ。
我愛羅が風影に就任するのと時を同じくして、カンクロウは傀儡部隊、テマリは風遁忍術研究・開発局へ就いた。
2人はとても優秀で、一年もしないうちにカンクロウは隊長格に、テマリは局長にまで上り詰めた。
我愛羅が暁に攫われてから二年が経っていたが、今まで一度として女の声が聞こえたことはなかったし、これほどまでカンクロウが怯えたことは無かった。
それを、つい昨日のことだ。
カンクロウが顔面を蒼白にして風影室に飛び込んできた。
「出た!」
ノックもせず弟の姿を認めたカンクロウはばっと我愛羅の脚に飛びついてわめき始めたのだ。
「はぁ?」
「ゆ、ゆゆゆゆゆ、幽霊っ!
おば、おばおばオバケがでたんだってば、隊舎に!」
「・・・」
「あ、何その軽蔑しきった目は!本当だって、確かに聞いたんだ!
女の声で何かを叫ぶのが!」
「・・・」
「マジなんだって!」
呆れて言葉も出ない我愛羅にカンクロウは必死に訴え続けたが、弟のさめた視線を浴びるだけに終わった。
ならば、と当直を他の者に回してもらおうと今度は懇願したが、何故だか風影様親衛隊にひどい目にあわされた。
女の子にシメられた、当直は自分のまま、オマケに唯一頼りにしていた姉は木の葉の影使いの恋人の所へ有給を取ってお泊りときた。
すっかり沈んでしまったカンクロウを見かねた我愛羅が声を掛けたところ、じゃあせめてお前が当直に付き合ってくれということになり、今に至る。
「そう、聞こえなかったんだよ、昨日まで。
当直始めてからだいたい一年と半年するけど今まで一度として聞こえなかったんだよ、女の声なんか。
なのに、何で?何で俺の当番の時に限って聞こえてくるわけ?
駄目なんだよ、俺。オバケとか。
実体のあるものは何とかなるけどさ、それがないと何だか得体が知れなくて凄く怖いんだよ。
駄目、ダメダメダメ・・・。
我愛羅、もう帰っていい・・・?」
「19にもなってなんだ、情けない」
「おしっこちびりそう・・・」
「なっ、頼むからちびるなよ、ちびるなら俺の居ないところでちびってくれ」
「あ、俺が人の尊厳失ってもいいんだ・・・?」
「関係ない。ちびらなければいいことだ」
「・・・。
もっと優しくて可愛げのある弟が欲しかった」
「もっと頼りがいがあってたくましい兄が欲しかった」
そのときだった。
底冷えのする金切り声が上がったのは。
「・・・カンクロウ、悪かった」
「何が?」
「・・・実は俺もオバケ駄目なんだ。
ちびりそう・・・」
「さすが、俺の弟。皆に自慢しちゃおう」
「しないで、お願い」
絶えず響き渡る悲鳴が、暗い廊下から聞こえてくる。
兄弟は何とか意識を保つために互いを茶化しあった。
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こんなお話があります。
が青年と出会って少し経ったころ、三代目風影様の様子がおかしくなったのです。
見た目は普段と変わりませんでしたが、ある一人の青年に厳しく目を向けるようになりました。
その青年は、が一緒に暮らしていた青年でした。
青年は、チヨの孫でした。
それは美しく聡明な青年でしたが、どこか暗い影を落としていました。
青年は、人形師でした。
青年の作る人形は、もちろん観賞用のものもありました。
ですが、その造型はあまりにも人間らしく、美しく、そして恐怖すら起こすものでした。
青年は、人形に憧れていました。
いつしか青年は、人の身体を基にした戦闘人形専門の人形師になっていました。
青年は、それは美しく聡明でした。
それは美しい青年でした。
まるで、人形のように、美しく聡明な青年でした。
青年は人形で、はその人形に操られているのだと。
里の者達は噂をし始めました。
まるで、人形のように、美しく聡明な青年でした。
そして、がいなくなりました。
青年は、里を抜けました。
まるで、人形のように美しく聡明な青年でした。
まるで、人形のような青年でした。
人形は、愛した人間を喰らって動き出すのです。
青年の目は、ガラスのように澄んでいました。
いつしか青年の目は、本当のガラスになっていました。